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2016年11月20日

 

 

こんばんは!!

 

 

メモリアルきゅあら  佐藤さやかです。

 

 

今年の札幌はなぜか初雪が早かったです。

 

だんだんと冷え込む日も増えて来て、少し外にいる時間が長いと体の芯から冷えます。

冷え性の私には、とても辛い季節がやってきました。

 

なので今日は野菜室にあった物で、ミネストローネを作りました♪

 

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う~ん…

B612が気になりますね…(笑)

 

ちょっとだけニンニクも入れましたが、体の中からポカポカしてきて、とっても美味しかったです♪

 

オリーブオイルは腸の滑りを良くするらしく、便秘にはとってもいいらしいですよー!!

 

お味噌汁にも、大さじ一杯のオリーブオイルを入れて飲むと便秘解消にいいそうです♪

 

便秘症の方はぜひやってみて下さい♪

 

 

 

さてさて、今日は少々長くなりそうなお話なのですが…

 

 

飲み物とお菓子でも用意して読んでみて下さい(笑)

 

トイレは先に済ませて下さいね♪

 

 

 

私は以前、葬儀屋さんとは真逆なとても華やかなお仕事をしていました。

 

「どうしてこの仕事なの?真逆だよね?」

「葬儀の仕事がしたいって珍しいよね。なんかきっかけはあったの?」

と、この仕事をしてからとても聞かれます。

 

 

きゅあらってどうゆう意味なの?

と、同じくらい聞かれます(笑)

きゅあらの由来はこちら

↓↓↓

http://wp.me/p7Pp76-P

 

 

今日はどうして私がこの仕事を選んだのかをお話しようかなと思います。

少々長くなりますが、最後までお付き合いよろしくお願い致します。

 

 

 

この仕事をしたいなと思ったのは父の死がきっかけでした。

 

父が亡くなったのは私が18歳の時です。

 

父は肝硬変でした。

 

ずーっと入退院を繰り返していましたが、最後の方は人間とは思えないくらい、体も顔も真っ黒になってましたね…。

 

そんな父が6月26日行年45歳で亡くなりました。

 

父は昔から

「俺は45歳までしか生きられないから好きな事しないとな~」

と、いつも言ってたので、亡くなった時は親戚もみんな驚きました。

 

 

なんとなく察していたのか

たまたまなのか…

 

 

私の地元は余市で、17歳の時に札幌へ出てきて、1人暮らしをしていました。

 

その日は、お友達何人かとびっくりドンキーでご飯を食べて、お喋りして帰ったのは朝方でした。

 

 

寝ていると夢に父が出てきました。

 

真っ暗な中に街灯が1つ。

その下に肩を落とし下を向いて立っている父…。

 

 

驚いて目を覚まし、何時か見ようと携帯を手にしたら留守番電話1件。

 

 

母から

「さやか…お父さん亡くなったから帰っておいで…」

 

 

力が抜けたのかとても柔らかい声の母。

 

びっくりして飛び起き、急いで帰る準備をしようとしましたが、びっくりしすぎて何から手をつけていいかわかりませんでした。

 

何が起きたのか頭の中で理解出来ないままバスに揺られ実家へ向かいました。

 

 

実家についた私は驚きすぎて声も出ず、ただ立ちすくみました。

 

 

壁や床一面の血。

 

 

何が起きたの!?

 

なんでこんななってるの?

え?殺人?

え?まさか母が…!?

 

 

そんな事まで考えてしまうようなくらい、辺り一面が血まみれでした。

 

 

母の後ろをちょうど通った時に急に倒れ、白目を向いて泡を吹いててんかんを起こしたそうです。

 

母は救急車を呼んだみたいですが、その後吐血し、その血が辺り一面を血の海にしたようです。

 

私が見たのはその血だったんですね。

 

本当に殺人でも起きたのかと思うくらいの血痕でした。

 

 

父はその時内臓が破裂していたようで…

病院に着いてレントゲンを撮っても、内臓が破裂しているので体の中は血まみれで真っ黒にしか映らず。

 

手術をしても助からないだろうとの事で何もできないまま、そのまま息を引き取ったそうです…。

 

 

夢に出てきた父の姿。

 

 

17年経った今でもハッキリと覚えています。

 

苦しかったよ

痛かったよ

と伝えたかったのか…

 

早く帰ってこいと言いたかったのか。

 

 

俺はもう終わった…

と絶望してる感じの印象で、あまりいいものではありませんでした。

 

 

私は年頃になり親と話すことなども減り、友達と遊ぶ事の方が多くなり。

 

札幌に出てきてからは仕事もしていたので、ほとんど話す事も無くなっていましたが、父が亡くなる1週間位前に電話が来たんです。

 

 

「こんな朝からどしたの?」

 

「なんもだ〜何してるのかな〜と思ってよ〜何してた〜?」

「近々帰ってこい〜」

 

 

今まで父からそんな電話が来る事なんて無かったし、内容なんて全くなくてどうでもいい話ばかりで。

こんな電話が来たのは本当に初めてかな。

 

 

私はまさか父が亡くなるとも思うわけもなく。

「急にどうしたんだろ?」位にしか思ってなくて。

 

友達の家に泊まりに言ってたので、朝までお喋りしてたから眠くて…

「そのうち帰るわ〜」と、そこそこ話して切りました。

 

 

今思うとそれが最後の電話で

なんとなく自分でわかって電話してきたのかなと思うと…

 

もっとちゃんと話してあげたら良かったな…とか…

1回帰ったら良かったな…とか…

 

もっとこうしてあげたら良かったなと思う事ばかりです。

 

 

亡くなったと聞いて帰り、会った父はもう棺に入っていて、私が知っている父ではない、変わり果てた姿でした…。

 

父の兄弟達も、葬儀の打ち合わせや葬儀代金の事で色々とやり繰りしてくれてましたが…

 

18歳の私から見た葬儀屋さんのイメージは

「偉そうで怖くて冷たく、業務的で流れ作業、お金の話ばかりで遺族を悩ませる嫌な人」…とゆう印象でした。

 

 

私も父が亡くなり色んな想いはありましたが、葬儀に慣れてるはずもなく。

何もかもがわからない事だらけ。

葬儀屋さんに言われるがまま母と2人、忙しい2日間でゆっくりお別れをし見送ってあげることもできず。

 

 

祭壇がどんなだったのか、父がどんな顔をしてたのか、最後棺の中へ何か入れてあげた記憶もなければ、お守りの10円も入れた記憶もない。

言われなければわからない事も教えてもらえてない。

最後にちゃんとお別れをした記憶もありません。

 

 

ただマニュアル通りに必要な事だけをやって、送り出したとゆう形式ばったものですね。

それが普通なのかもしれないけど…

葬儀屋さんって人間味がないいんだなと思いました。

 

 

父も若かったのでそれなりに人が来てくれました。

今でいう家族葬のようなものではなかったので、確かにゆっくりお別れをしたりする暇もなく、とても忙しかった記憶だけはあります。

 

 

母はどう思ってるかわかりませんが、少なくても私の中ではもっとこうしてあげたら良かったな…と思う事ばかりです。

 

 

追加料金を払えば祭壇を立派にしたり棺のランクをあげたりできる。

お金を払えば特別な事もしてもらえる。

 

 

お金をかけたらできる事はたくさんあるります。

でもお金をかけなくても残された家族の心残りを少しでも減らす方法が…

ほんの少し気持ちをかけてあげるだけでできた事ってあったんじゃないのかな…と。

 

 

一ちょっとした心配りや気づかいで救われる大きな物一

ってあるんじゃないかなと思いました。

 

 

それが私の葬儀屋さんのお仕事をしたいなと思ったきっかけです。

 

 

何もわからない遺族にとって葬儀の2日間は、とても長くて忙しくて気もまわりません。

 

 

後から、こうしてあげたら良かった、あぁしてあげたら良かった、と後悔する事もたくさんあると思うんです。

 

 

今世最後の卒業式。

葬儀は1度しかありません。

やり直しがききません。

 

 

もっと葬儀屋さんが親しみやすく、寄り添う気持ちがあってくれたら…

葬儀屋さんの方からちょっとした心配りや、遺族の気持ちをくみ取ってもらえたら良かったのにな…

もっと色んな事、声かけてくれたらな…

 

 

そんな気持ちから、私と同じように思ってる人はたくさんいるはずだと思い、そこもカバーできるような仕事をしたいなと思いました。

 

遺族の立場になり経験した事から得た物は、今思うとすごく大きくて今の私にはとても大切な宝物です。

 

 

大切なご家族を亡くされた方に、お金をかけなくてもできる私からのささやかな気持ちとして

ご遺族様に寄り添い、ご遺族様の気持ちをくみ取り

何かしてあげられることはないかを考えながら、私の方が気持ちをかけてあげられる葬儀屋さんになりたいなと。

 

 

それが「想儀屋」の始まりです。

 

 

 

 

そんな中で、ひょんな事から私の気持ちを救ってくれたのが、火葬場の煙でした。

 

田舎の火葬場なので、煙突からモクモクと煙が出てきます。

父が炉に入りみんながお昼を食べる時に私は外にいました。

 

煙突の方を見ていたら少しづつ煙が出てきて

「あぁ…火が着いたんだなぁ。」と思って見ていたら、その煙が人の形でこっちを見て手を振っているように見えたんです。

 

「あ、お父さん!!」

ボロボロ涙が出てきました。

 

その時、「じゃ〜な〜」と笑顔で手を振っているように見えて…

 

それが父だったのか、そんな風に見えただけなのか、そう思いたくて自分がそうゆう風に見たのか。

 

答えは出ないけど、私はそれが父に見えた事でとても救われました。

 

 

思春期の頃なんかは、父の事がすごく嫌で。

いつも母と喧嘩していてそれもすごく嫌で。

 

すごく嫌だったはずなのに、亡くなって悲しくて涙も出て、してあげたかったこといっぱいあって。

 

7月になったら少し遅れたけど余市に帰って

初めて自分で働いたお金で父の日になんかしてあげようと思ってたのにそれもできなくて。

 

 

別にお父さんなんていなくていいし。

キモイしウザいしどーでもいいし。

 

そんな風にいつも思ってたはずなのに、とても悲しかったです…。

 

 

歳もまだ若かったしまだまだやりたかったことたくさんあっただろうな。

 

本当はもっと違った楽しい人生歩みたかっただろうな。

 

こんなはずじゃないって後悔してる事たくさんあったんじゃないかな。

 

 

 

きっと思い描いてた人生とは…

全然違ったんだろうな…

 

 

そう思うと嫌だったはずの父を、初めてきちんと1人の人間として受け入れ敬いました。

 

 

自ら命を絶たれてしまう方もたくさんいます。

事件や事故に巻き込まれる方もたくさんいます。

病気で亡くなる方もたくさんいます。

 

 

父の死をきっかけに、私の物の見方や考えも変わり、命の大切さと尊さを学び

必要のない命は無いんだと心から思いました。

 

 

そして今、こうして父の死をきっかけに感じた事からこの仕事をしている事も、父のおかげだと思っています。

 

 

いつかこの仕事をやりたいなと思ってはいましたが、子供達が小さかったため

なかなか転職するタイミングを掴めずにいましたが、ある時不思議な事が次々と起きました。

 

 

友達に相談にのってほしいと言われ、行ったお店の隣の席にいた女の子となぜか仲良くなり

その子が湯灌師さんだったり。

その子がきっかけで葬儀屋さんと仲良くなり、その葬儀屋さんへお手伝いに行くことになったり。

たまたま私の当時のお店へ、一見さんでフラっと来た方が、祭壇の花を挿す花屋さんだったり。

 

 

葬儀屋さんの伝もなければ、知り合いもいない。

知識も全く無い状態でしたが、ある日を境に何もしなくても次々と葬儀関係者の方とご縁を頂くことになりました。

 

 

その後からお手伝いではなく、きちんと葬儀の仕事をしたいなと思い、自分でやっていたお店を辞め、葬儀屋さんへ就職しました。

 

 

父の死から感じた事で、いつか自分の思う理想の葬儀屋さんができたらいいな。

 

 

そう思ってはいましたが、葬儀屋さんを自分でやるなんて簡単な事ではない…

 

でも葬儀屋さんで働けてるし、夢は叶ったな…と思いながら働いていたら娘の突然のネフローゼ症候群。

 

病院と仕事の掛け持ちはかなりきつくそれがきっかけで前の職場を辞めました。

 

 

やっぱり葬儀屋さんは辞めろって事だったのかな。

こんな状態じゃどこも働けないな。

これからどうしようかな…

 

 

そう思っていたら今度はまた不思議な事か次々起こりました。

 

会社を辞めた途端にこれは自分でやれってことなのかな?と思うようなご縁が次々とでき。

自分で葬儀屋さんを始めるタイミングなのかなと思うような流れが何もしなくても来ました。

 

 

これは流れに乗ろう。

 

 

それがメモリアルきゅあらの始まりです。

 

 

 

ここに来るまでは本当に本当に不思議な流ればかりでした。

 

今こうしてこの仕事をしているのも偶然ではなく、辿り着くべき所へ辿り着いたのかなと思っています。

 

 

先日ある方とお話をしていたら、その方は中学生の時から先祖とかご供養とかの話が好きで

30歳を過ぎてからその方向への流れが自然と来たと聞き、私もふと思い出しました。

 

私も小学1年生くらいの時かな…

 

毎日お仏壇の前で、読めない経本を一生懸命読んでいた記憶があります。

 

普通に考えたら不思議な子ですよね。

むしろ変な子ですよね。

 

 

そして不思議なご縁を頂く少し前に見た夢も何年も経ちましたが、いまだにハッキリ覚えています。

 

私はクネクネしたカーブの多い高速道路のような道を車で走っていました。

下には真っ直ぐな道が有り、そこにはとっても大きな大仏様がいて私はずっとその大仏様を見ている夢でした。

 

その後から湯灌師さんや、葬儀屋さんや、花屋さんとの不思議なご縁をいただきました。

 

そんな事もあって、私はこの仕事をするうえで、何かしらの役目があるのではないかな…と勝手に思っています。

 

 

亡くなった方へしてあげられる事。

残されたご家族へしてあげられる事。

 

これは私の宿命だと思っています。

 

 

最近は家族葬や1日葬が増えていますが、大切なご家族の最後のお見送りに葬儀の大小は関係ありません。

小さな御葬儀でも、私のやることは変わりません。

 

葬儀の大小関係なく、大切なご家族の最後のお見送りのお手伝いをさせて頂けてる事に心から感謝しています。

 

 

嫌いだった父でも、私の父となり

その死をきっかけに葬儀屋の仕事をする事になり

きっとこれが父と私の運命だったのかな…と思っています。

 

 

馬鹿にされたり、心無い言葉を言われたりもしました。

悔しい思いもたくさんしました。

 

でも誰かに何かを言われても、言いたい人には言わせておいて、私は私らしく。

困ってる方の助けになり、新たな明日へ前向きな気持ちになってもらいたい。

 

葬儀という大切な最後のお見送りのお手伝いをする仕事に

宿命を感じてる葬儀屋さんっているのかな…と思いますが

 

 

こんな葬儀屋さんも1人位いてもいいよね。

 

 

1人でも多くの方の心を救えたらいいかなと。

恥じることなく、誇りをもって続けていきたいと思います。

 

 

 

父が最後、母に言った言葉

 

「お前は死ぬなよ…」

 

お父さん。

お母さんは毎日あっち痛い、こっち痛い、歳だわ~って言いながらも、相変わらず元気にしてますよー!!

孫に囲まれ、なんだかんだ楽しくやってます♪

これからも家族みんな仲良くやって行きますから。

お父さんも私達家族を見守ってて下さいね♪

 

 

さようならではなく

 

また会える日まで

 

バイバイ。

 

 

 

 

今日も長々と最後までブログを読んで頂き、ありがとうございました!!

 

 

今日もたくさんの方が笑顔で楽しく過ごせますように…☆彡

 

 

感謝。

 

メモリアルきゅあら

代表   佐藤さやか

 

ホームページ

http://curelull.com